ホータンー中国ホータン玉の産地

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ホータン

                                           

ホータン王国の首都は現在のホータン市にあたる。漢、唐代の中国では「于窴」として知られていた。オアシス沿いにあり、植えられていたクワによる絹および絹織物、その他軟玉、硬玉(共にヒスイの一種)および陶磁器を輸出していた。

ホータン王国シルクロードの一つ天山南路沿いにあった、西暦56年から1006年の間に存在した仏教王国。タリム盆地タクラマカン砂漠の南方にあった。現在では中国新疆ウイグル自治区にあたる。コータン王国とも書かれる。

伝説によると、インドの仏教徒皇帝アショーカの長男が、紀元前3世紀初めに国の基礎を建てたという。しかしながら、これより数世紀前から月氏(後にクシャーナ朝を開いたことで有名)による中国(現在の中国でなく西域を除く地域)との軟玉、硬玉の貿易があったことが知られている。ホータンで産出する玉は「禺氏の玉」と呼ばれ、貴重な上あまり産出しない中国では珍重された。これが和田玉である。この禺氏は月氏のことである。

その後、ホータン王国は仏教とりわけ大乗仏教の中心地のひとつとなった。(これに対して砂漠の反対側にあるクチャ王国は縁覚系の仏教王国だった。)中国の僧法顕が、5世紀始めにホータン王国にある大小14の僧院を訪れている[1]。文化交流により、中国語サンスクリット語プラークリット語チベット語などが使われていた。

ホータンは、中国外でが生産された初めての場所だった。考古学者の発掘作業で発見された壁画には、ホータン王に嫁いで来た中国の王女が、髪の中にカイコの卵を隠していたと記されており、1世紀頃の出来事と見られる