朱家角鎮は「上海第一大鎮」と称される。

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朱家角

 朱家角鎮(しゅかかく-ちん)は上海市青浦区に位置する町。上海の中心部から48km離れ、典型的な江南水郷古鎮。
 朱家角には北大街、東井街、西井街、大新街、東市街、勝利街、漕河街、東湖街、西湖街など多くの古い街がある。その中の北大街は2005年11月「上海市レジャーの街トップ10」に入選した。
 朱家角鎮は長い歴史を持って、美しい自然環境と便利な水陸交通に恵まれており、特に布業は有名。宋代の時ここで市場が形成され、明代の万暦年間(1573~1620年)に鎮(朱渓鎮)となった。民国の初期に入って、栄えた商業は既に青浦県のトップに上り、四方からの農産物の集散地になった。2001年沈巷鎮と併合され、2006年「環球游報」聯合新聞の午報と全国31の都市類報紙による「外国人が思う中国の観光地ベスト50」に選ばれた。
    
 
 朱家角鎮を見学するコース:報国寺―城隍廟-王昶紀念館―課植園―珠溪園―清郵便局。報国寺は青浦区の仏教協会の所在地で参拝客が多い。城隍廟は朱家角鎮の道教の活動中心。中には古代文人の集まる凝和本屋、蓮の池がある潭影閣、芙蓉とか柳などに囲まれる含清榭などの「城隍廟十二景」がある。清代の王昶(1725年-1806年)を記念するために王昶紀念館が建てられ、中には王昶の紹介、塑像、著作などがある。課植園は当地最大の荘園式の園林建築で、「馬家花園」とも呼ばれる。1912年に完成され、楼閣、亭、築山、石碑など数多くある。珠溪園は1956年に建てられ、季節によって春園、秋園、冬園に分けて設計された。昔の蔡氏というお金持ちの墓も残っている。清代の郵便局遺跡では郵便局の発展史が体験できる。
 
  朱家角で一番歴史の長いのは放生橋である。明朝の隆慶年間、朱家角の近くの明遠庵には三人の僧侶がいた。彼らは師匠の要求にしたがって布施を請いに行き、もらったお金で人々を助けるつもりであった。中に性潮という僧侶は十年後多くのお金をもらって朱家角へ戻ったが、師匠はもう死んでしまった。彼は川のほとりで人々が舟をまっていることを見て、橋をかけることにした。
 工事は始まったが、橋杭はどうしても打てなかった。性潮は悩んでいるところ、ある乞食がやってきて芦のあるところに打ったほうがいいと言った。性潮は周りを見て芦は一本もなかったから、馬鹿にされているではないかと怒り出した。乞食は笑ってナツメを食べ、その実を河に投げたら、急に芦は河に茂ってきた。性潮はこの乞食こそが仙人だと確信し拝もうとしたが、乞食はもう消えていった。
 それから、毎年の旧暦の1月1日、地元の僧侶が魚を河に放生する儀式を行うため、この橋も「放生橋」と呼ばれるようになった。

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