蒲松齢故居は省級重点保護文化財

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蒲松齢故居

 蒲松齢故居は淄博市淄川区洪山鎮蒲家庄にある。1977年省級重点保護文化財に授与された。
 蒲松齢は山東省淄川の地元の名家に生まれたが、父親の蒲槃の代には家業が没落し始めていた。また妾の子として生まれた蒲松齢は家の中でも地位が低かった。19歳の時に童試を受け、県試・府試・道試にすべて首席合格して秀才となった。しかしその後の科挙にはことごとく落第し、46歳になって初めて廩膳生(奨学生)に選ばれ、71歳の時にやっと貢生の名誉を与えられた。蒲松齢はわずかな土地を持ち、生涯教師や幕僚などを務め糊口した。
 1671年、同郷の孫蕙の幕僚となって江蘇省宝応県に行き、その後孫蕙に随行して高郵に赴き、翌年に帰郷した。その後畢氏の家塾の教師となり、40年近く務め、71歳の時に家に帰った。1715年、不遇のうちに生涯を閉じた。
 蒲松齢は20歳から小説の執筆を始め、同時に話の素材の収集を行っていた。鄒濤の『三借廬筆談』によると彼は茶とパイプを傍ら置いて大通りに座し、道を通った者をひき止めては語らって奇異な事柄を収集し、気に入るものがあればそれを粉飾して文にしたという(ただし魯迅はこの話を疑っている)。こうして40歳の時には12巻・490余篇に及ぶ志怪小説『聊斎志異』が完成された。聊斎志異の完成後も蒲松齢は同郷の王士禎の協力を得て文章の改易を続け、死の直前まで行っていた。聊斎志異は蒲松齡の死後刊行された。
 王士禎は蒲松齡を奇才として高く評価し、『聊斎志異』の序文を書いている。『聊斎志異』は王士禎が評価したことで評判が高まり、広く流布するようになった。手稿は後半部は失われたものの、前半部は現存し遼寧図書館に収蔵されている。これは中国の古典小説の中で唯一現存している手稿である。蒲松齡この他に詩、詞、散文、俚曲を多数創作しており、白話小説『醒世姻縁伝』の作者西周生は蒲松齡の筆名だといわれている。
 聊齋志異(りょうさいしい、聊斎志異)は、中国の清代の短編小説集。作者は蒲松齢(1640年[崇禎13) - 1715(康熙54)] 聊齋は作者の号および書斎の名であり、『聊齋志異』とは「聊齋において怪異譚を記す」の意味。聊齋志異は発表当時写本によって流布し、作者の死後[1776(乾隆41)]に刊行された全16431編が現存するが、実際にはもっと多くがあったとされる。
 内容は神仙、幽霊、狐狸の怪異譚で、当時世間に口伝されていたものを筆記してまとめたものである。
   

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