ホウ統祠墓 劉備の軍師のホウ統を埋めるところ

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ホウ統祠墓

ホウ統墓 ホウ統祠墓はまた龍鳳祠墓と呼ばれる。四川徳陽市羅江県の鹿頭山白馬関にあり、三国時代の劉備の軍師のホウ統を埋めて記念するところである。2006年5月、ホウ統祠墓は清代の古い建築として、中国の重点文物保護単位に登録された。
 
 龐統(ほう とう、178年- 213年 もしくは、179年- 214年)は中国後漢末期に劉備に仕えた人物(龐は广=まだれに龍)。字は士元(しげん)、道号は鳳雛、謚は靖侯。「臥龍(がりゅう)」「伏龍(ふくりゅう)」と呼ばれた諸葛亮に対して、「鳳雛(ほうすう)」と称せられた。弟に龐林、子は龐宏、従父に龐徳公が、族弟に龐山民(妻は諸葛亮の姉)らがいる。
 龐統は物事の本質を見極めて、臨機応変で現実的な手段を講じることに長けており、人物評価、謀略に異能を発揮した。早世したためにそれ程事跡が多くはないものの、残された逸話からは龐統の知性と人格が窺える。『龐統伝』には次のような逸話がある。蜀への侵攻の際、勝利に浮かれる劉備に対し「他人の国を侵略してそれを喜んでおられるとは仁者の戦ではありません」と元々蜀を取ることを勧めたのは龐統であるにもかかわらず、痛烈に劉備を批判した。劉備は怒って龐統に退席を命じたが、すぐに自分の非に気がつき戻るようにいった。龐統は何ごともなかったかのように席にもどったが、劉備の方がかえって恐縮してしまい「先程の議論では私と君のどちらが間違っていたのか」と聞いた。それに「君臣共に間違っておりました」と答えたので、笑い話になったという。
ホウ統墓

 また龐統は人物評価を好んでおこなったが、その場合はいつもその人物を過大に評価をしていた。ある人にその理 由を尋ねられた際、龐統は「現在天下は乱れ、正道は衰え、善人は少なく悪人は多い。褒め過ぎくらいの評価をして名誉欲を満たしてやらなければ、善事をおこなう者は増えないだろう。志ある者に希望を与え、努力させられるのだから、これもいいではないか」と答えている。
 『三国志』において龐統の伝は法正の伝と同時に評されている。陳寿の評にいわく「龐統は常に人物批評を好み、経学と策謀にすぐれ、当時、荊・楚の地域の人士から才能に秀でた人物と謳われていた」「魏臣にあてはめると荀彧の兄弟」とあり、法正と共に曹操腹心の軍師たちに匹敵すると評価されている。 

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