竜泉青瓷博物館は古青磁出土品と現代作家の作品を展示する

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竜泉青瓷博物館

 人口27万人の龍泉市街を見下ろす小高い丘にあるのが「龍泉青瓷博物館」。北宋から明にかけての古青磁出土品を時代別に、現代窯の代表作家の作品一部も展示しています。

 五代に始まり南宋晩期から元代初期にかけて隆盛を迎える龍泉青磁は、甌窯や越窯等の青磁の特徴を継承、更にこれらを追い越して鋭意創進し、薄手の胎に梅子青や粉青と呼ばれる翡翠のような、釉薬が2~3層に厚くかけられた深く水色っぽい粉青色の見事なものが多いのです。日本ではこの龍泉窯青磁を時代と特徴などによって「砧青磁」「天竜寺青磁」「七官青磁」と呼んでいます。元代になると大型で重い造型、緑がかった釉色になり、明代になると灰色がかった水色に戻ります。
竜泉青瓷博物館-浙江竜泉竜泉青瓷博物館-浙江竜泉

 北宋が金に滅ぼされ南宋が浙江省杭州に首都を置いた頃から繁栄が始まり、龍泉青磁は龍泉渓から歐江を下って温州、寧波を経て首都の杭州へ運ばれました。寧波からは国内や、日本を始め国外へ輸出。南宋から元にかけて優れた龍泉窯青磁が日本に多数伝わり、出土例も極めて多いのです。元代中期から過剰生産、燃料松材の不足から下り坂になり、明代に入り景徳鎮に御器廠が置かれたことによって、龍泉窯の衰退は決定的になり、大水害によって窯は廃絶しました。
竜泉青瓷博物館-浙江竜泉

 北宋、南宋時代の龍泉一帯の住民は2~3万人。その60%およそ1万5千人前後の人々が陶工として従事していた龍泉窯は、越州窯系の窯のひとつで飛躍的に発展した南宋時代には、大窯・金村・渓口・安福・山頭・大白岸・上厳児・安仁口などに数百の窯が点在。

 龍泉窯も、他の多くの古窯址同様に資金、技術者、調査研究、保管施設などの不足が原因で、膨大な質・量の窯址が未調査になっています。今後の調査・研究で驚異の新発見をもたらし、史記・学説が書換えられることは多いに有りえます。 

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