東鶏冠山 日露戦争の激戦地

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東鶏冠山

  東鶏冠山の海抜は119m、中国大連市の旅順口区の東北部に位置する。東鶏冠山北堡塁、松樹山堡塁、望台砲台などの堡塁、砲台が山のあっちこっちにある。東鶏冠山北堡塁は、東鶏冠山にある帝政ロシアが日本軍の防御の為に建設した堡塁であり、日露戦争の激戦地である。この戦争の遺跡が東鶏冠山景区の主要な文化景観である。景区の面積が931万平方米。東鶏冠山北堡塁が一番重要な観光スポットである。
 、日露戦争陳列館もある。中には当時戦争の多くの写真、図、ビデオなどが展示されて、日露戦争のプロセスを記録していた。
 
 1898年帝政ロシアが旅順を租借し、1900年、旅順の東側の半永久的な防御線として堡塁を中国人労働者を使役して建設した。天然の岩にコンクリートと石、そして泥土で覆って造られた。内部の構造は複雑で、司令部、兵舎、弾薬庫、治療室、台所などの周りに胸墻、側防窖室が配置され、堡塁は不規則な5角形をして、周囲496m、面積9900平方mである。堡塁の周囲は堀があり、堀の外の斜面には高圧電流が流れる鉄条網を架設した。
 日露戦争第1回旅順総攻撃(1904年8月21日)、日本軍第11師団による堡塁の攻略が始った。第11師団は鉄条網を突破することに成功したが、内堀に入ったが土砂に覆われた側防窖室からの近接攻撃により、日本軍は大損害を受けた。その後、数度に渡り坑道を掘り、堡塁の爆破を試みた。12月15日、日本軍の発射した25センチ榴弾砲弾が命中した際、ロシアの司令官コンドラチェンコ少将が戦死した。そして、12月18日、堡塁の正面で2.3tのダイナマイトを爆破させ、これに乗じて日本軍が堡塁を占領した。この戦闘で日本軍はこの堡塁を突破する為、約8,000人の死者を出した。
 
観光スポット:東鶏冠山北堡塁、望台砲台、二龍山堡塁、日露戦争陳列館など
チケット:20元

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