承徳避暑山庄と外八廟 世界遺産 中国十六風景名勝

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承徳の避暑山荘と外八廟

 承徳避暑山庄と外八廟は河北省承徳市に位置している。避暑山庄は康煕四十二年(1703年)に建ち始め、1708年に大体の形ができ、その後康煕、雍正、乾隆三代の皇帝を経ち、完全するまで87年かかった。同時に宮外に「外八廟」を建築した。清時代前期沢山重要な政治、軍事、民族と外交などの国家大事はここで処理した。だから、避暑山庄は北京以外の第二政治中心になる。周りの寺院は外国使節と辺彊少数民族政教首領を接見し、民族関係を処理するところ。
 避暑山庄と周辺の寺院は緊密な関連の有機整体を構成し、風格が異なり、山庄内に素朴淡雅、周辺の寺院は輝く。多めの歴史と文化遺産が存在するため、避暑山庄と周辺の寺院は国家級重点文物保護単位、中国十六風景名勝、風景名勝保護区になる。1994年世界遺産リスト(世界文化遺産)に登録した。

避暑山庄                                    
 避暑山庄は清代の皇帝が避暑したり、政務を処理したりしたところである。「熱河行宮」或は「承徳離宮」と言われる。頤和園拙政園留園と一緒に中国四大名園だと認められる。総面積564万㎡、周辺宮壁長10キロ、総建築面積10万㎡、建築120組余。北京から200キロ離れる。
 建築風格がそれぞれ異なり、皇家園林及び周辺の湖、牧場、森林などと巧妙的に融合し、建築は宮殿区と苑景区に分け、苑景区はまた湖区、平原区、山並区に分け、中国現存する最大の皇家園林。避暑山庄は高レベルの美学研究価値があるだけじゃなく、同時に中国君主制社会発展の末期の歴史遺跡を保存している。避暑山庄は前後避暑山庄の「三十六景」を命名し、康煕題名したのが全部四字、例えば:烟波致爽、南山積雪、万壑松風、水流雲在など、乾隆題名したのが全部三字、例えば:麗正門、松鶴斎、如意洲など、これも康煕三十六景と乾隆三十六景を区別し最も明らかな標識である。
 正宮、松鶴斎、東宮と万壑松風がもう博物館になった。清代宮廷の史記と芸術品を展示している。普寧寺に毎年の旧暦十二月二十五日から二十七日まで、正月初八から十五日まで、廟会が行われる。外八廟のラマがみんなここに集める。
 
 最高な旅行時間
 最高な旅行時間が夏の末と秋の初期。承徳避暑山庄が本当の避暑勝地だから、山庄の中の温度が外より3~5℃も低い。山庄にあるハスも美しくて、7月、8月ハスが満開、9月末まで散る。ここのハスがほかのところと違って、早く咲いて、遅く散る。
 
 チケット
 避暑山庄:3月1日~11月30日、120元;12月1日~2月末、100元
 普陀宗乗之廟(小ポタラ宮)と须弥福寿之廟(班禅行宮):80元
 普寧寺(大仏寺)と普佑寺:80元
 
 開放時間:8:00~17:30
 お土産:キノコ、ハシバミ、玉器、根で彫刻する工芸品など
  旅行時間:冬が寒いが、周辺の都市より暖かい。夏が涼しい。

外八廟                                                            
 外八廟は清朝の時、承徳避暑山庄の周辺にチベット、新疆、モンゴルなどの仏教寺院の形式を真似して建造した十二つのチベット仏教の寺院群である。当時に八つの寺院は清政府に管理し、北京ラマ印務所に登録し、だから、外八廟と総称する。現在の外八廟は十二つの寺院の代称になる。
 寺院は避暑山庄北の山丘地帯にある。西から東へ:羅漢堂、広安寺、殊象寺、普陀宗乗の廟、須弥福寿の廟、普寧寺、普佑寺、広縁寺。避暑山庄東の武烈東岸に四つあり、北から南へ:安遠廟、普楽寺、溥仁寺、溥善寺。
 

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