秦始皇兵馬俑博物館
世界遺産登録日:1987年
遺産種別:文化遺産
遺産所在地:陝西省
秦始皇帝陵より東へ約1.5kmに位置し、約2200年前始皇帝を永遠に守るために副葬されたものです。秦始皇兵馬俑博物館は第一号、第二号、第三号の俑坑を構成し、大規模なものである。第一号坑は最大で、東西230m、南北約62m、約7000体の兵士や馬の陶俑が発掘されましていた。三つの俑坑の中に実物の人、馬と等身大の陶俑や陶馬が合わせて約8000体がある。陶俑の形象はそれぞれ異なっていて、表情・態度が生き生きして、中国古代雕塑芸術史における一つの玉と言われる。また、秦始皇兵馬俑は「世界第八大奇跡」、「二十世紀考古歴史上の偉大発現の一つ」と誇られる。
秦始皇兵馬俑の発現と開発のため、西安は中国の最重要な観光都市になり、今まで5000万人以上の観光客を接待している。秦始皇兵馬俑は陪葬して陥れて、世界最大の非合法的な軍事博物館です。
1974年3月、かんばつに窮した地元農民が井戸を掘り始めたところ、2、3メートル掘ると変わった陶器の破片が見つかった。考古学者の鑑定により、ここに始皇帝の地下近衛軍団が配置されていることが初めてわかった。この偶然の発見によって、地下に2000年も眠っていた世界を驚愕させる兵馬俑がようやく日の目を見た。坑は発掘順序に基づき一合坑、二号坑、三号坑と名づけられた。
<一号坑>
最初に見つかった坑で、干ばつに窮した地元農民が井戸を掘り始めた所、
二、三メートル掘ると変わった陶器の破片が見つけ、考古学者の鑑定により、
ここに始皇帝の地下近衛軍団が配置されていることが発見されました
3つのうち最大規模で、長方形をしており、戦車や歩兵が並ぶ軍陣ガ組まれています
長さ210m幅62mあり、地表からの深さ4.5から6.5m、面積は14260㎡、坑内には
幅2.5mの10本の道が造られ、周囲を回廊でとりかこむ構造になっています
現在、陶俑1000体以上、戦車8台、陶馬32頭、様々な青銅器1万近くが発掘され、
出土した兵馬俑の配列の間隔からみて、1号坑に埋葬されている兵馬俑は6000体余りにも及ぶとみられています
上から見下ろすと、東の端の3列の歩兵俑は東を向き、68体ずつ並んでおり、
これは軍陣の前衛になり、後方には戦車と歩兵が38列に渡って並んでいます
その他にも南・北・西の端には、それぞれ1列づつ軍陣の翼衛、後衛があり、
およそ2000年前の古代の大軍陣が、武器を持ち、鎧甲を身につけて、
雄雄しく居並ぶ様を見ていると、一瞬のうちに時を飛び越えて、
戦車や雄たけびのとどろく古戦場に身を置かれたような感じにさせられます
<二号坑>
一号坑の北、約20mのところにあり、底面は曲尺形で、1976年に見つかりました
秦俑坑の精髄となる坑で、二号坑の発見は古代軍陣の謎を解き明かしました
規模は東西最長 96m、南北に84m、深さ約5m、面積はおよそ6000㎡で、
4つの区画からなっていて、第一区画は東の突出した部分にあたり、
弓・弩を持っている状態の弩兵俑のようです
第二区は俑坑の南半分にあたり、四頭立ての戦車の車兵が方陣をとっています
第三区は俑坑の中央にあたり、車兵・歩兵・騎兵俑の混合編制で長方陣形です
第四区は俑坑の北半分にあたり、多くの騎兵が長方陣をとってい、あす
四つの方陣が組み合わされ、戦車・騎兵・弩兵の混合編制で、
進撃⇔後退⇔守備と臨機応変意対応できる陣形となり、
その並びは整然としていて、一分のすきもないようです
<三号坑>
一号坑の西北にあり、凹字形をしています
武士俑は狭道にそって護衛の隊形に配列されていて、
軍陣の指揮をとるための古代の軍幕をかたどっているようです
1976年に発見され、1987年に一般開放されました
規模は最も小さく、一号坑からは25m、東の二号坑からは120m離れており、
三つの坑は「品」の字のように配列されており、3つで秦皇帝の時代の
戦略を垣間見る貴重な遺産となっています 。
チップ:
1) 博物館のサービスがいいです。体の不自由な人に車椅子、お客にラウンジ、応急処置とツアーを提供します。中国語、日本語、英語で書きます。
2) 博物館にある店でも値段の駆け引きができます。
時間:8:30-17:30(3.16~11.14)
8:30-17:00(11.15~3.15)
チケット:90元(ピークシーズン)、65元(オフシーズン)
電話:+86-029-81399170/81399170
交通:駅で兵馬俑ミニバスに乗って、あるいはバスの306、914、915、101に乗ります。7元で、約1時間かかります。