上海城隍廟 有名の道教の廟

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上海城隍廟

 
 上海の城隍廟は中国で有名の道教の廟で、上海市南市区豫園に位置する。明代の永楽年(1403~1424年)に建てられ、今まで約600年の歴史がある。今の城隍廟は霍光殿、甲子殿、財神殿、慈航殿、城隍殿、娘娘殿などの殿堂から構成し、総面積は1000㎡余り。 
 
城隍廟はもともと「金山廟」と呼ばれ、後に城隍神が併祀されている。明代に、廟を改建され城隍神の廟となった。「城」は石垣、「隍」はお堀の意味で、「城隍廟」は中国道教における地方の守り神がいる場所で、この地方の人々の平和を守っている。この廟が上海の宗教文化のシンボルと言われる。 
 
 城隍は道教では町の保護神という意味である。城隍廟は上海道教の正一派の主要な道観である。中には護城神の秦裕伯、霍光と陳化成という三つの菩薩がある。
 
 秦裕伯は字が景容で、彼について二つの説がある。一つは上海の彼は元末明初の策士、宋の秦少游の七世の裔、元至正年間(1341-1368)の進士で、乱世から逃げるために辞職し、当時の小さい県城の上海へ戻った。明初、朱元璋に何度も誘われ、また朝廷に入った。死後は朱元璋に上海の「城隍の神」と褒められた。もう一つの説は、彼は元末明初の河北の有名人で、上海に住んでいた。とても親孝行で、母親のために金鸞殿のような建物を建てた。しかし、誰かに密告されてしまい、仕方なくその建物を金山神廟に建て直した。何年後、清軍は江南へ来て町の人を皆殺しをするつもりであったが、将領は秦裕伯を夢見て警告されたからあきらめた。上海の人が助かって秦裕伯を「城隍爺」にした。

 城隍廟は有名な観光地だけではなくショッピングの良い所でもある。お土産、特色ある商品、軽食や上海料理などが揃っている。
 

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