花港観魚 西湖十景の一つ

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花港観魚

 
 西湖十景の一つの花港観魚は蘇堤の南側に位置し、北は西山、小南湖と西里湖に接する公園。宋の時代、西山大麦嶺後の花家山から流れ出た渓流が、ここを通って西湖に流れ込み、この渓流は「花港」と言われた。当時、内侍官蘆允昇は花港側に別荘を建て、「蘆園」と名付けた。園内には石、池、魚が揃っているため、「花港観魚」と呼ばれるようになった。 
 「花港観魚」は西湖に臨み、後ろは西山を抱く景勝地で園内には茶室、楼閣、あずま屋、廊が巧みに配置されている。今の花港観魚は敷地面積が20万㎡余りの大型一級公園で、紅魚池、牡丹園、花港、大草坪、密林地と五つの部分に分かれた。公園の中には、500株の牡丹やシャクヤクの花が咲き競い、7000匹の真紅の鯉が住んでいる。
 
 園内に蒋荘という別荘がある。この建物は19世紀初期、2回に分けて建てられた。中国伝統建築でありながら西洋建築の影響も受けており、独特の雰囲気を持っている。敷地内に中国風の庭園もある。
  ここにもある伝説が残っている。昔、杭州の西には花家山があり、山の下には曲がっている渓が流れていた。渓はふもとに沿って西湖のそばに流れ、小さな池になった。山には桃の花、あじさい、ツツジなど多くの花が咲いており、花びらは池に落ちて流れていった。人々はこのきれいな池を花港と呼んでいた。
 南海竜王は娘が一人いた。可愛い女の子であったが、幼い頃母に死なれ、とても寂しかった。ある日、彼女は一人で南海を出て西湖にやってきた。ちょうどその時が四月で美しい景色に夢中になった彼女がそこに住むことを決めた。
 ある日、一人の男がここで釣りをしていたら、不注意に魚龍姫を釣った。彼は金色の鯉が泣いているのを見て、ため息をついて鯉を放した。この男が、小さい頃母を亡くし、父から「苦哥」という名前を付けられた。湖のほとりに住んで、魚取りで貧乏な生活を送っていた。
 彼が悩んで帰ろうとしているところ、ある十七歳ぐらいの女の子は彼を呼び止め、アオウオを苦哥にあげた。感謝のために苦哥は女の子を誘って、家に連れて帰った。父も女の子のことに気に入り、二人は結婚した。この女の子が苦哥に放された魚龍姫であった。
 翌年、竜王が来て魚龍姫を南海へ連れ去った。苦哥がずっと彼女を思って待っていた。ある日、魚龍姫が夢枕に立ち、翌日二匹の鯉を見つけた。これは彼らの子供だと言われた苦哥は泣いて花港で鯉を伺っていた。

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