ナンジャバワ峰 雲中のパラダイス
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ナンジャバワ峰 雲中のパラダイス

 ナンジャバワ峰の最初の印象は1998年に初めてチベットを訪れる時で、驚きの眺めだった。仲夏のチベット東南部はどれほど美しいのだろうか。
 青々した河に映る真っ白な雪峰の倒影。透明な氷河は鬱蒼とした原始林に続いている。鮮やかな色の村落、垢抜けした娘たち、牛も羊が群れる草原、五色の花々が一斎に目に飛び込んできた。旅人に楽園への尽きない想像力をかきたてる。

 チベットの美しい風景に包まれた時、威名を誇る山々は揺れ動く波浪のように連綿と続き、潮のような白雲が逆巻き、起伏する雪を戴いた山頂に眩い程の雲の影ができた。一陣の強い風が高くかかった山々の峰にある一片の雲を吹き払うと、ナンジャバワ峰の稜角が、鮮明な三角形の峰が忽然と、この溶けることのないほど濃厚な絶色の美のなかに現れた。私は目を奪われてしまった。
 雲の間に聳え立つナンジャバワ峰の主峰。地元には天上の神々は常に降臨して、その上に集まって桑を蒸かし焼きにし、高空の風がもたらす旗雲は神仙が燃やした桑の煙、との言い伝えがある。だから、峡谷地帯に住む人々はこの峻険な山峰に無比な尊崇と畏敬の念を持っているのだ。

 チベット族は長年、ナンジャバワ峰を天に通ずる道、神霊の住むところ、俗人が絶対に邪魔のできない聖地と考えてきた。そのため、「雪は火のごとく燃焼させる」とか、「青い空を直接突く長い矛」といった、はらはらさせるような言葉で表した。また非凡な多くの言葉でこんなふうに形容している。「英雄の神」として「戦いのなかで親族の頭部を切り落とした兄」「苦しみから逃れるところを他人に傍観させない極めて強い自尊心をもった夫」などと。
 実際、想像力は言語と同じで、ナンジャバワ峰について言えば、どうしても形容が貧弱になってしまう。結果的には意味は同じだが、ナンジャバワ峰の形容詞を考えてみた。傲慢、勇猛、神秘、近づき難い、捉え難い……

 青海・チベット高原とヒマラヤは人類が有する最後の秘境と慨嘆され、さらに地球の扉を開く「金のカギ」とも言われている。とくに神奇なのはヒマラヤ山脈の東西の両端に、神秘的な地形(パキスタン国内の西ヒマラヤ構造地形とチベット東南の東ヒマラヤ構造地形)に位置する上に山が2座、ナンジャバワ峰(海抜7782メートル)と世界第9位の高峰・ナンジャバワ峰(海抜8125メートル)が聳え立っていることだ。

 ヒマラヤの東西の端に、このように完璧ともいえる美しい2座の峰が対称的にあるのか何故か。この2座の峰が2本の大河(東端はヤルザンボ河、西端はインド河)に同じような形で深く抱かれているのは何故か。この2本の河が数千キロの後に同じ海洋で合流するのは何故か。
 これは今でも解けない謎だ。

 ナンジャバワ峰がこの世に誕生して、すでに7億年余り。ヒマラヤ一帯で最も早く海から脱し陸地となったところであり、東ヒマラヤ群峰のなかの尊として恥じることはない。その一方で、星が移り季節が変わり、激しい世の移り変わり、さらにはわれわれ人類が知りえないものを経験してきたのである。
 だが、ナンジャバワ峰についてわれわれが知るものは甚だ少ない。その絶世の姿が人類の尊崇と敬慕を引き起こさなかったためではない。故意に雲霧の幕を編み、峡谷を屏風に置き、急流を障害に設けて、外来の一切の事物に数億年以来すでに慣れきった孤独と寂寥を邪魔されたくないとの気持ちがあったからなのだ。

 ナンジャバワ峰に親しんだことのある探検家は誰もが知っている。峰を訪ねるその道を歩くと、「険しい」と称される道がほとんどなくなることを。人類初めてのナンジャバワ峰の登山はようやく1992年になされたが、日本の有名な登山家が遭難した。それから10数年。登山の装備が「すべて可能」にまで先進的になった今日でも、ナンジャバワ峰に挑む人はまだいない。
 南峰が位置するヤルザンボ大峡谷の地質構造は複雑だ。プレートの激しい運動で、山壁はそそり立ち、地震が発生し、雪崩が絶えず起きている。峻険な山体と、計り知れないほど変幻する気候。それがナンジャバワ峰登山を難しくさせてきた。1984年、中国登山隊は初めてアタックしたが、失敗。1991年、中日合同隊が再度アタック。だが不測の事故でもう一息のところで成功を逃した。中日合同隊は3回目のアタックで、翌年の10月30日、ついに登頂に成功。ナンジャバワ峰は今でも世界の登山家が憧れる目標だ。

 ここはヒマラヤの冷やかな峻厳さを感じ取れる神奇な峡谷であり、この世のすべての大自然の霊気が集まっているかのようだ。そのなかを進むと立ち込めた水蒸気は細い糸筋のようになり、指先に絡みついたり、頭上で旋回したり、雲に遮られたり、霧にまつわられたり、まるで夢幻の仙境のようだ。
 だが、極致の美は往々にして死に対等だ。
 1950年の大地震以降、ジャラ村からヤルザンボ大峡谷に奥深く入った約100キロ以内は、ほぼ野獣だけが出没する無人地帯となった。密林の尾根では狂ったように生長した灌沐の枝が重重に覆われた小道を行くしかなかった。

 われわれはついに、ナンジャバワ峰の北斜面にたどり着いた。地震で崩れ落ちた氷河は平地を形成し、峡谷の秘境となっている。ナンジャバワ峰は峡谷の扉、ヤルザンボ河にカギをかけるように屹立していた。
 喧騒なヤルザンボ河の流れはナンジャバワ峰にからみつくように馬蹄の形をつくりながら曲がると、彩り豊かな枝や葉に取り囲まれ、南へと流れ去っていく。この奇異なカーブによってインド洋の暖かく湿った気流はスムーズに青海・チベット高原に食い込まれる。こうしてヤルザンボ大峡谷は高原で最も温暖で湿潤なところとなったのだ。

 頭をあげて南峰を眺め、もうこれ以上曲がらないところまで首を回して目を向けると、中腹に絡みつく白絹のような雲しか見えない。数本の巨大な氷河の瀑布が雲を破って流れ落ちている。広く果てしない山体に沿って、下に向かってそのまま川底に潜りこむ。まるで、何頭もの巨大な玉竜が命を奉じて山頂の神殿をはねれ、身をかがめながら山麓の闖入者に飛びかかってくるようで、思わずゾッとし、声が出なかった。
 海洋性気候の多様な変化によるものなのか、あるいは、われわれの誠意がついにナンジャバワ峰を感動させたのか。しばらくすると、山全体を覆っていた厚い雲霧が見事なまでに、絶倫なまでに変幻しはじめたのだ。
 淡い雲気は谷底から立ち上がり、霊気を帯びた雲瀑は山頂から悠然と流れ落ち、白い緞子のような流雲が中腹を取り囲み、藍色の寒光を放つ剣のような雪峰が、雲の隙間に見え隠れする。 

 ここにはロッバ族やメンバ族が生活している。彼らの生活習慣や宗教信仰は伝統的な色彩が濃厚だ。独特な風情もある。生計は狩猟が主体。豪放で客好きで素朴。今でも焼畑農業という原始的な生活が残っている。

 その後の数年間、わたしは異なる角度からナンジャバワ峰の真の姿を見てみたいと思った。だが、まだ実現していない。西部の多くの地を訪れ、多くの美しい雪山を観賞したが、ナンジャバワ峰ほどわたしの心の奥底に霊感を与えてくれた山は1座もない。
 ナンジャバワ峰を遠方から眺めようとすると、目は浮雲に遮られてしまう。近くでと思っても、5000メートルの高さでは誰であれ願いはかなわない。
 人類は遥か遠くて及ばない楽園への憧れを捨ててはいない。ナンジャバワ峰はまさにそうしたところなのだ。

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