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西湖 風雅な情趣

    風雅な西湖杭州の西に位置する。千百年以来、浅瀬の海の湾から干潟、独立した内陸湖が唐代以前に形成され、宋(960~1279年)、元(1206~1368年)、明(1368~1644年)、清(1644~1911年)を経て今日に至る。西湖は幾度も姿を変えて20世紀末までに水面は5、6平方キロに達した。今世紀に入って湖の西を開拓。堤を改修し、水城を修復して、面積は6.5平方キロまで増えた。水深も1.65メートルから2.27メートルに。だから、西湖の今日の風雅さを語るには湖西から始めるのが順当だろう。
 
    「西」は迷い人に方向を示すものであり、ロマンティックなところでもある。西湖の西、これは西の繰り返し、強調であり、西の極致を意味しているのだ。西湖の西辺でわたしは心ときめく神秘の美を予感した。

    自由な気持ちになって、お茶を賞味したり読書をしたり……西湖は人々の生活とともに存在しているのだ。

    友人が初めて杭州を訪れるのなら、わたしは西湖を案内したい。まず行くのは必ず孤山だ。個人的な思いだが、杭州を旅するなら、最初に孤山を訪れるべきではと。1日か2日かけて歩いたら、湖のあちこちを散策する。「綱の大綱を持ち上げれは綱の目は開く」、と言われるが、孤山、これこそが西湖の綱なのだ。

    近現代には江蘇省や浙江省一帯の文人は面白半分に上海を「海上」、杭州を「湖上」と呼んでいた。
 
    ただ、私の「湖上」とはやはり湖水に大切な意味がある。湖上にある白堤と蘇堤。それらは大詩人が吟行したところであり、自ら訪ねなければ、どうしてその真髄を味得できるだろうか。湖上に浮かぶ3つの島は海上の仙境、理想の世界として俗世間に再現されたところであり、上がってみるべきだろう。中国文化の美と善の世界を肌で感じられるのでは。

    西湖の水の一滴一滴に文化がある。その歴史は湖水に沈殿し、湖畔の一寸一寸の地に住民の心霊が宿っている。灯の点る万家と静かな波が軽やかに奏でるセレナーデ。実に感動的だ。

    杭州は3面を山に囲まれている。それぞれに風貌のある山だ。自然は豊かであり、名所旧跡も多い。人の精神が感じられ、その景観のなかに人が印したものが息づいている。ざっとでも眺めていくうちに、知らず知らずのうちに山の存在を忘れてしまう。杭州の山を観賞するなら、麓から山門から歩き始めてみたらどうだろう。このように飄飄としてしなやかな姿の西湖に、万雷が轟きわたるような重みがあるのはどうしてなのか。
 
    人々は西湖に対して軽々しい気持ちで接することはなかった。ほかとは比べることのできないほどの魂が宿っているからだ。

    敬虔なきもちで礼拝するような思いで岳や廟を参詣する……

    杭州は歴史上、東南の仏国と称されてきた。地元では仏教行事が盛んだ。湖畔のあちこちに点在する寺院。その存在が西湖の荘厳さを際立たせている。道教もキリスト教も杭州が淵源である。

    杭州といえでも二言三言ではっきり説明するのは難しい。
 
    孔子廟に行く人は少ないだろう。実際、そこの碑林は一見の価値がある。市民で賑わう清河坊。数歩いけば読書人が訪れた孔子廟があちこちにある。そしてお茶も。湖上で飲むお茶はほかの地では味わえないほど格別だ。

    杭州の街中にある博物館や画廊。躍動するこの街の一面を知ることができるのではないだろうか。

    しなやかで美しい姿をみせる西湖。それは今でも変わらない。その詩的な力は永遠だ。だからこそ、わたしたちは西湖を追憶することができるのだ。
 

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