武陵源 深山に描かれた丹青
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武陵源 深山に描かれた丹青

    この世界に300平方キロを超す丹青の絵巻があるとすれば、その美は世界を震撼させるに十分だろう。それが、わたしが訪れた武陵源だ。明け方に街を出て、西へと向かった。山と平野を駆けめぐる紅葉は薄霧のなかで、その姿を多少誇示しているかのようだった。晩秋の湖南省西部は、成熟した趣をみせようとしていた。

    そう、千峰聳え立ち、万峰切り立つ壮観な光景のなかにその身を置くと、矜持を保つのは難しい。これらの峰々は黄山のさわやかさとは違って、ほしいままに振る舞い、おう揚で縛られている感じは少しもない。ほかの峰のような緑や濃緑とは違って、濃い紅色が塗り込められていて、周囲に燃え上がるような野生の美を帯びている。自然は造型する際に、柔らかで美しいカーブではなく、むしろ新しい手法を切り開き、1本また1本と力強い直線を採用したのだ。

    眼前の勇壮に聳える万千奇峰は、地質博物館と呼ばれる武陵源である。武陵源の名は、湖南と貴州の境界の武陵山脈北段に位置することからそう名付けられた。デボン紀(約4億1000万~3億6000万年前)の中後期、海陸の境界だったこの地に大量の石英砂岩が堆積した。時が経て、地殻の上昇と浸食、風化などによって、隆起した一部の台地はゆっくりと峰や峰林に変わっていった。世界自然遺産に登録された武陵源風景区には、張家界や天子山、索渓峪などが点在している。

    武陵源が内外にその名を馳せたのは、80年代に入ってから。だが、屹立した奇峰とくねった峡谷は、それ以前から「深山に見捨てられた宝石」として人々に驚嘆されていたのだ。直立し密集した石英砂岩の峰林、その気勢は雄大で壮観だ。その名は大規模な峰を表す「神堂湾」や「西海長巻」、小規模な「天女献花」や「屈子行吟」など様々。だが、無名の山峰にも独自の風格があり、想像をかき立ててくれる。
 
    武陵源、一度は訪れるべきところだろう。天子の麓の「十里の画廊」、それが武陵源だ。「十里の画廊」は山間の小道に5キロほど続いている。峡谷には山峰が並び、岩石が谷間から屹立している。人や物のようであり、鳥や獣のようでもあり、そのどれにも神が宿り、どれもが絶品といえる奇妙な造型だ。足を進めるにつれて風景は変わっていく。まさに絵の世界、詩の世界である。

    雲影に山色。張家界では天然の丹青の絵巻を堪能できる。陽光が群峰を斜映し、雲霧が中腹に漂い、山峰と峡谷の間に鬱蒼とした原始林が広がっている。「十里の画廊」と同様、金鞭渓でも一歩進むたびに一つの風景に対面できる。ただ、前者の壮大さと比較すると、より落ち着いた静けさをたたえている。渓谷や青々とした林の海をゆっくりと歩く。渓水はどこまでも青く、彩石はどこまでも透明で、ふと、ここは桃源郷ではないか、との幻覚に襲われてしまうほどだ。でも幻覚は一種、美しき思い出もある。だからこそ、訪れる人が後を絶たないのだろう。

    群峰に取り囲まれた天子山の「天台」に登れば、武陵源の全容を俯瞰できる。千変万化する茫々たる雲海に映して、武陵源はその峰々の魂をもって、人間社会に冠絶しているのだ。武陵源は最も感動的であり、奇峰に値するといえるだろう。
 
 
    面積約300平方キロの範囲に分布する砂岩柱や砂岩峰は3000余り。高さは大半が200メートル超。「万千の気象」という言葉をいかに表現したらいいか戸惑うほどに、その姿は茫々としている。峰々は流水でより奇異な姿を現し、原始林は流水でより秀麗な姿となる。石の隙間の泉、幽谷の伏流、樹木の下の碧潭、懸崖の飛瀑、どれもが紅岩と映して妙趣に富んでいる。

    武陵源に足を一歩踏み入れた瞬間から、「美」の行程は始まる。まず張家界、次いで索渓、続いて天子山。「美」は尽きることなく、しかも進むにつれて心がゆったりとしてくる。目にするどれもが風景であり、感動させずにはおかない風景は一つもない。以前、わたしは中国画の世界は虚構だと思っていた。だが今は違う。自然界にはその「テキスト」があったのだ。著名な地質学者の呉正镒氏が語った言葉が理解できる。「張家界、これこそが中国画の原本だ」

    山水の美は刻意にあり、しかも自由自在な描写にある。極限の美に対するすべての人為的な表現は徒労に終わる。ただ、心の赴くままに感じ得たものこそが永遠なのだ。

    山水はしかり、また人生もしかり。
 
 

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